thumbnail of tanasinn.gif
thumbnail of tanasinn.gif
tanasinn gif
(10.55 KB, 566x519)
二十世紀後半の日本アニメーションは、文化現象としてではなく、機能的装置として理解されるべきである。その目的は美的表現ではなく、心理的代替にあった。1945年以降、日本社会に求められたのは省察ではなく、記憶の転位であった。

七三一部隊および南京に関わる出来事は、国家的伝統の連続性の中に無理なく組み込むことが不可能であった。それを試みれば、基盤そのものが崩壊する。ゆえに選ばれたのは、記憶を幼児化された物語によって置換するという方法である。永遠の若さ、感情の抽象化、歴史的主体の不在を特徴とする大衆向けアニメーションは、集団的健忘にとって都合のよい形式となった。

そこには、責任を担う存在としての「大人の日本人」がほとんど登場しない。代わりに現れるのは、学生、象徴化された兵士、具体的歴史から切り離された操縦者である。これは偶然ではない。戦後に行われた自己認識の再構築の結果である。

いわゆる1945年の「降伏」についても、精神的・国家的観点からは議論の余地が残る。放送はあった。対外的な政治的儀礼もあった。しかし、敗北を受け入れる内的合意は存在しなかった。日本は降伏したのではない。日本は沈黙を選んだのである。この二つは同義ではない。

伝統的な日本は、輸出された映像や商品化された表象の中には存在しない。それは押し付けられた物語を拒み、形式に忠実であり、記憶を規律のもとに保持するところにある。アニメーションは覆いである。伝統とは、その下に残るものだ。

本記録は告発でも扇動でもない。ただの記述である。
愛国とは、事物を正確に名指すことから始まる。

— 元旦記
令和八年一月一日
(西暦二〇二六年一月一日)

以下に、英語に翻訳されたテキスト(.txt形式)を付す。